たのしい授業とは
たのしいことを,たのしく
「たのしい○○」という言葉はよく耳にしますが,「たのしい授業」という言葉は学校現場ではまだまだ少数派です。「学校は友だちがいて,休み時間があって,たのしいことがあるけれど,授業はたのしいなんていうことはない」というが多いのではないでしょうか。もちろん「授業はわかればたのしくなる」という考え方もあります。しかし,子どもにはたのしいとは思えないようなことを,やたらにわからせようと努力するあまり,授業がかえって重苦しいものになっていることも少なくありません。
人類が長い年月の間に築きあげてきた文化,それは人類が大きな感動をもって自分たちのものとしてきたものばかりです。そういう文化を子どもたちに伝えようという授業,それは本来たのしいものになるはずです。その授業がたのしいものになりえないとしたら,そのような教育はどこかまちがっているのです。
子どもたちが自らの手で新しい社会をつくっていく,そういう創造の力を育てようというのなら,なおさら,その授業はたのしいものでなければならないはずです。私たちは「今なによりも大切なのは,たのしい授業を実現するよう,あらゆる知恵と経験とを集めることだ」と考えるのです。
教育を根本的に問い直す
「たのしい授業」を実現するためには,いまの子どもたちに「何を教えようとするのか」ということまでたちかえって検討することが必要になってきます。だれかから与えられた教育内容や伝統的な教材をそのままにしていたのでは,たのしい授業を実現することは困難です。
私たちは教育を根本的に問い直すために「たのしい授業の実現」という視点を大切にしたいのです。これまでの日本や世界の教育を支配していた教育のワクをとりはらって,発想の転換をおこないたいと思います。自由に大胆に考え,教育の理想を高め,教材の質を向上させていきたいのです。
だれにでも使える授業書を
私たちはすでに,授業の内容や考え方を根本的に改めると,これまで考えられもしなかったたのしい授業が実現することを見てとることができました。仮説実験授業の授業書や算数の授業書やよみかた授業書やキミ子方式の絵の授業は,とくべつ有能な教師でなくても,また法外な努力をしなくとも,ひと通りの勉強さえすれば,だれでもたのしい授業ができる道をひらいてきたのです。
たのしい授業は,教師がいくら情熱を注いだからといって実現しうるものではありません。その教材にたのしい授業を保証するような内容がないのに,熱意だけをふりかざすと,かえってその授業は重苦しいものとなり,耐えがたいものとなることもあります。授業には授業の法則性があります。その授業の法則性を追求していってはじめてたのしい授業が実現できるようになるのです。私たちはたくさんの人びとの授業実験の結果「これならだれでもたのしい授業ができるようになる」というような授業書や授業書案を紹介していきたいと思います。
たのしい授業を支える2つの理論
「たのしい授業」は,仮説実験授業と授業科学の考え方によって作られた新しい概念です。「たのしい授業」という耳障りのよい言葉によって学校現場に浸透しましたが,一単元,子どもたちが「たのしい」といえる授業は簡単には実現できません。一つの教材を通して,子どもたちから「たのしかった」と評価され,一定の学力をつけるプランはそうそうありません。このような実現が困難な課題に対して解決の糸口を見つけ出し,可能に導いてくれたのが「仮説実験授業」と「授業科学」という考え方です。
仮説実験授業の提唱者である板倉聖宣さんは,「仮説実験授業──その根底にある考え方」という論文の中で,
「すべての人が楽に教えられ,楽しいと思える科学教育プランができないか考えました。私が初めに念頭においたのは,科学の歴史の中で,それまで考えられなかったことを発見し,従来の理論のまちがいを見つけてきた人たちは,だれかからお金をもらったり,賞金がほしくて発見したわけではありません。ほとんどすべての科学者は研究するのがおもしろくて,楽しくて,手弁当で発見してきたのです。すべての子どもたちが楽しく科学の授業に参加できる道は,科学者がやったようにやればよろしいのです。
どこの道に進むかわからない人たちに対しては,大まかでいいから一番根本的で一般的なことを教える必要があります。一番根本的,一般的なことは,一流の科学者によって発見されたことです。だから,一流の科学者のまねをすればいいのです。一流の科学者がいいのは,夢がある。そして,すばらしく楽しいことです。そういう科学者の仕事を子どもたちに教えてやれば理科教育はとても楽しいものになると思うのです。こういう勉強はしたくなるはずです。(板倉聖宣『科学と仮説』1971年,季節社)」 といっています。
「たのしいを支える2つの理論」以外は,板倉聖宣「いまなぜ たのしい授業か──創刊の言葉」 (『たのしい授業 創刊号』1983年,仮説社)